2012年8月19日日曜日

源義経と鼠ヶ関

  『念珠の関守厳しくて通るべき様もなければ、「如何せん」と仰せられければ、武蔵坊申(し)いけるは「多くの難所をのがれて、これまでおはしましたれば、今は何事か候べき。さりながら用心はせめ」とて、判官は下種山伏に作りなし二挺の笈を嵩高に持たせ奉り、弁慶大のしもと杖を突き、「あゆめや法師」とて、しとと打ちて行きければ、関守どもこれを見て、「何事の咎にて、それ程苛み給ふ」と申()ければ、弁慶答へけるは、「是は熊野にて候が、これに候山伏は、子々相傳の者にて候が、彼奴を失ふて候ひっるに、この程見つけて候間、如何なる咎をも當ててくれうず候。誰が咎め給ふべき」とて、いよいよ隙なく打ちてぞ通りける。関守どもこれを見て、難なく木戸を開けて通しけり。程なく出羽国に入り給ふ。その日ははらかいといふところに著き給ひて、明くれば笠取山などといふところを過ぎ給ひて、田川郡薬師堂に著き給ふ。』
 これは兄頼朝と不和となり、腰越を遂電して、一時、都にあったが、危険がせまり京都を落ち北陸道を漂流して平泉に下る途上、念珠関にかかったときの「義経記」巻七の場面である。程なく義経一行は、平泉に下り藤原氏を頼ったが、間もなく死に臨んだ藤原秀衛は、念珠、白河両関を防いで義経を保護するよう遺言したという。
 ねんし(念珠)白河両関をば、錦戸に防がせて、判官殿を疎になし奉るべからず(義経記)
  室町時代の初期から中期にかけて成立したと言われている(「古典世界の義経」福島千賀子)義経記八巻は、源義経を中心賭した軍記ものではあるが、この物語は「記」というようなまともな市書や伝記ではなく、いわば歴史やそれに準ずる権威のある「平家物語」などの表に現われた義経の事跡を裏で補うべく編まれたロマン(物語)なのではあるが、地名や地理的なことは確かなところもあるが、(作者不詳)日記形式による鎌倉幕府公式の記録「吾妻鑑」に比べると歴史的武勇伝説の方が強いことは明らかであるという。 
 歴史小説は、史実とは必ずしも一致する必要がないし、一致しないこと自体は咎めるものではないが、かりに歴史小説とみる以上、どの程度まで史実に忠実であるかをみるのも無意味ではないかと思う。歴史が事実の正確な記述ならば、伝説というのは、人間の情念の記録でもある訳です。
 玉葉や吾妻鑑は歴史書ではあるが、義経記を書いた作者はどんな思いで書いたのであろうか。義経記は作者自身が取材にきたのではなく、自身は京にあって情報まとめて書かれたとも言われておったが、私には取材を行ったように思えてならない。作者の源義経の精神的苦哀まで読んで書かれた洞察力には俊鋭な洞察力であり、眼力といわざるを得ない。
 歴史上の英雄である源義経をNHKは、今で言う「大河ドラマ」に二度放映されているが、第一回目は昭和四十年でテレビが漸く広く家庭に普及した頃であり、その際、作家の村上元三先生が鼠ヶ関に来られて「源義経ゆかりの地」の揮毫をされ、現在石碑が弁天島に建てられておるが、「史蹟念珠関址」の碑文の説明では、当地方には次のような伝説として伝えられている。
 『義経一行は越後の馬下(村上市)まで馬で来るが、馬下からは船で海路をたどり鼠ヶ関の浜辺に船を着け難なく関所を通過したとある』しかし、これまでは越後からどのような方法で出羽の国に入ったかは不明と史書ではされておった。当時、村上先生も義経一行が船で鼠ヶ関に入ったことの確証がなく「ゆかりの地」と書かれたと聞いております。
 それから二十一年後のテレビ放映の後、村上先生には再度鼠ヶ関に来られ、(昭和六十一年)その後の研究によって確認を得られたことにより「源義経上陸の地」として揮毫し、記念碑が建立された。現在青少年海洋センター前に建てられておるものです。
 その際、記念石碑除幕式の記念講演会で、村上先生は「北陸の能登半島の大谷というところから妻(義経には四人の妻がいた。その一人である平時忠の娘で名前は判っていない)を連れだして突先の珠洲という港から佐渡ケ島を経由して鼠ヶ関に上陸したというのです」
 そして最初は「源義経ゆかりの地」としたが、その後調べてみて鼠ヶ関は「上陸の地」であるという確信がついて石碑を揮毫したというのです。
 これまでは、義経一行が北陸から出羽にどのように入ったかは不明とされてきましたが、村上先生は証拠も残っておるし、古文書も残っておるといっております。
 源義経に関しては、まだまだ書きたいことはあるが、いずれにしても義経という人物は、物語や伝説のなかの英雄であることには間違いない。

  参考文献

   ・義経記   日本古典文学大系 三七 岡見正美校注 岩波書店刊
   ・弁慶物語  室町物語集  徳田和夫校注
  吾妻鑑
  人物叢書  源義経   渡辺保   吉川弘文館
                        他

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